美しき畑
米の収穫が終わった11月の田んぼ。その土をふたたび耕してにんじんの栽培がはじまる。種まきは施肥やマルチシートを張り終えた1月頃。トンネルと呼ぶ半円形のビニールシートで覆えば、やがて一斉に芽吹いてゆく。2月までは除草と間引き。3月にむけて気温が上がり始めると、トンネルの側面を開いての換気がたいせつな作業になる。
農薬防除は除草剤を種まきの前に1度きり。水田の後作(夏期の土壌はずっと水が張っている)は、センチュウその他の害虫密度がはじめから低い。速効性が魅力の化成肥料は、熊本県慣行基準の半分以下を補助的に使うのみ。稲作のための緑肥で整った土には、発酵した堆肥やボカシ肥料(菜種油カスや大豆カスなどを菌によって発酵させたもの)など、有機質肥料で地力をつける。
そして──陽ざしを浴びるたび、燃え立つような葉のさざめきを見せるにんじんは、土に眠る鮮やかな朱を濃くしながら収穫の時を待ち続ける。
無理をせずに
生産者は栽培歴20年を数えるベテランぞろい。農薬使用や肥料散布など栽培管理のひとつひとつにも質の高さを求める誇りをもつ。土を耕し種をまき、ビニールを張り、温度調節をおこなう作業には長年の経験が生きている。その内容に感心すると問いかけると、思うようにはいかないと苦笑まじりの答えが返った。消費者満足と農業経営の両方を満たすには味や品質だけではなく、収穫量やサイズも重要。そのすべてが天候に左右されてしまう。異常気象の影響も避けられない。
「結局、にんじんの栽培で名人などいないと思うとですよ。私らはにんじんがすこやかに育つ手助けをしているだけですと」
適切に太陽が照り、適度に雨が降れば植物はすこやかに生長する。つまりは自然条件が大前提であり、生産者は発芽や栄養の手助けをしながら美味しいにんじんの栽培に努力しているのだと語った。
阿蘇外輪山の裾野に広がる水田地帯。「黒ぼく」と呼ばれるやわらかで水はけの良い土壌。根菜類の栽培にはうってつけの適地適作で出荷される肥後の産直にんじん。無理をせず、すこやかに育つその甘味と香りの中には、かけがえのない何かが詰まっているように思えてならない。